top of page
  • 執筆者の写真田中寺 龍谷山

仏教って何だろう?②現実との向き合い方

更新日:2020年9月21日

前回は仏教とは「仏としての生き方」ということをお話ししましたが、そもそもなぜ仏教が始まったのでしょうか。


仏教の教えを説かれたお釈迦様は今から2500年以上前に生まれた一人の人間でした。

よく生まれた場所はインドと想像されますが、正確には現在のネパールとの国境に程近いルンビニという場所でお釈迦様は生まれています。


当時のインドは大小様々な国が乱立していたのですが、その中でも釈迦族と呼ばれる部族の王子としてお釈迦様がいました。当時は「ガウタマ・シッダールタ」と呼ばれていました。

王子ですから周りには多くの家来を抱え、お城で何不自由ない生活を送っていました。

しかし、大きな転機を迎えます。


(7年前に訪れたインドのカピラヴァストゥ城の遺跡。お釈迦様が出家する29歳まで過ごした故郷とされています)


ある日のこと、家来と共に城の外へ出かけたシッダールタは外の世界の人々の様子を観察していました。

そこではある者は年老いており、ある者は病気になっており、ある者は死んでいました。

城の中では決して見ることがなかった現実があったのです。


シッダールタはある大きな疑問を持ちます。


「どんな人であってもいずれは老いて病気になり死ぬ。それは王子である私も同じだ。どうすればこの苦しみから逃れることができるのだろうか」

当たり前だけど改めてこの事実をまざまざと突きつけられたのです。

家来に聞いても誰も答えられませんでした。

「そんなこと考えてもどうしようもない」とみんな思っていたからです。


すると最後に出家修行者と出会いました。

その者の戸惑いのない姿を見たシッダールタは、出家に対して初めて憧れのようなものを持ちます。

出家こそその答えを教えてくれる唯一の道ではないかと思ったのです。

こうしてシッダールタは出家することになったのです。

この出来事を「四門出遊(しもんしゅつゆう)」といいます。


こうしてみると、お釈迦様は初めから完璧な人間だったわけではなく、私たちとなんら変わらない一人の人間だったことがわかります。

ただ、「人が誰しもが老いて病気になり死んでゆく」という事実に悩み始めたからこそ始まったのが仏教なのです。


(カピラ城近辺で寝そべっている犬たち。彼らにとってはここがお釈迦様の故郷であるかどうかなんて関係がありません)


私たちは誰しもが悩みを抱えながら生きています。

他人からみれば大したことない問題であっても、その人にとっては生きるか死ぬかの悩みになりうるのです。

大事なことはこの悩みを生み出す現実とどう向き合うかだと思います。


マイケル・ジャクソンの「Man in the mirror」という名曲があり、最後はこんな一節で締めくられています。


I'm starting with the man in the mirror(鏡に映るそいつから始めよう)                    I'm asking him to change his ways(どうしたら変えられるか聞いてみるんだ)                No message could have been any clearer(こんなにはっきりしたメッセージはなかった)            If you want to make the world a better place(より良い世界を作りたいと願うなら)      Take a look at yourself and then make the change(まずは自分自身を見つめ、そして変えていくのさ)     You gotta get it right, while you got the time(今すぐ始めなくちゃ、時間があるうちに)           You can't close your, your mind!(目を背けないで!)

鏡に見える自分は時には受け入れがたいかもしれません。

ですが現実と向き合うためには、まずは自らを冷静に見つめ変えていかなければなりません。

お釈迦様にとってそれが出家だったように。

 

※マイケルジャクソンの歌について、知り合いの僧侶の方がとても面白い記事を書いていま

 す。よかったら併せて読んでみてください。

閲覧数:164回0件のコメント

最新記事

すべて表示

Comments


bottom of page